無言のまま、コクリと頷く。その反応に美鶴は、今度は掌で額を叩く。
「うわぁ だから言ったじゃんっ!」
「何が?」
「両想いに決まってるって」
「そんなの美鶴の勝手な想像じゃん。だいたい美鶴、コウくんに会ったコトもないのに」
「会わなくたってわかるよ」
「何でよ?」
可愛くムクれる親友の顔を、呆れ顔で見返す美鶴。
「学校違うのに、毎日同じタイミングで塾に到着するの、おかしくない?」
里奈も密かに蔦康煕への想いを抱えていた。だから、塾に到着するや「こんちわっ」と声をかけられると、それだけで嬉しかった。
嬉しくて、翌日には必ず美鶴へ報告していた。
「そのコウくんとやらは、里奈が来るのを毎日どこかで待ち伏せしてたんだって」
「待ち伏せだなんてっ! そんな言い方ないでしょ」
両手を胸元でグーに握りしめ、彼女にしては精一杯の抗議。だが、腰を浮かせて乗り出しても、迫力に欠けるその仕草。むしろ可愛い。
これだから校内の男子がほっとかないんだよな。
内心で納得しつつも、まったく自覚のない里奈へわざわざ告げることもあるまい。
「あー はいはい」
とやんわり宥め、座らせながらホッとため息。
「まぁ なんにせよ、よかったじゃん。オメデトさん」
祝福され、頭をポンポンと叩かれて、里奈は恥ずかしそうに頬を染めた。
「ありがとう」
素直にお礼を言う里奈が、美鶴には眩しかった。
幸せそうで、だからとても、数ヶ月で別れてしまうとは思いも寄らなかった。
「なんでもないの」
いつもなら朝ごはんのメニューまでちくいち報告する里奈が、珍しく口を閉ざす。
聞いちゃいけないコトもある。
そう言い聞かせ、美鶴は詳細を問い詰めなかった。
「万引きしたって、疑われたの」
薄暗い部屋。しゃくりあげる間を縫うように、里奈が小さな声を出す。
「スーパーで、チョコレートを万引きしたって。店を出たところで店員さんに止められて、私の鞄の中からチョコレートが三箱出てきたの」
どこかで…… 聞いたことのある話。
「私、鞄になんて入れた覚えなかった。信じられなかった」
恐怖が甦ってきたのだろうか? 床を凝視する視線が泳ぐ。
「でも、誰も信じてくれなかった。店員さんも、お父さんもお母さんも」
焦りと恐怖。
「…… コウくんも」
ポタリと、涙が冷たい床を濡らした。
「私、やってないっ! ねっ 私チョコなんか取ってないわよねっ」
だか蔦は、それを肯定してはくれなかった。
どうして?
一人首を横に振る里奈は、ただ往生際の悪い犯罪者。結局罪を、認めざるを得なかった。
どうして? どうしてこんなコトになったの?
ワケがわからぬまま、翌日登校した。
私、万引きしたの?
自分の背中に貼り紙がしてあるかのようで、怖くて怖くて潰れそうだった。
一刻も早く、美鶴に聞いて欲しかった。
携帯でメールしたかったけど、『万引き』という文字が画面に表示されるたび、怖くて思わず削除していた。
メールを送ればその文字が、美鶴や自分の携帯の中に残る。メールを削除しても、なんだか『万引き』という文字が携帯の内部にこびりついてしまうな気がして、抵抗を感じた。
メールを送るのに、これほど緊張したコトはない。
電話は、親に会話を聞かれるのではないかと思うと、できなかった。
自分を信じてくれなかった両親には、会話を聞かれたくはなかった。
早く会いたい。美鶴に会いたい。
美鶴なら、きっと絶対わかってくれる。
「大変だったね。怖かったでしょ?」
そんなふうに優しい声で、きっと里奈を慰めてくれる。
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