【アラベスク】メニューへ戻る 第7章【雲隠れ (後編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)

前のお話へ戻る 次のお話へ進む







【アラベスク】  第7章 雲隠れ (後編)



第1節 MI・TSU・RU 依存症 [4]




 無言のまま、コクリと頷く。その反応に美鶴は、今度は掌で額を叩く。
「うわぁ だから言ったじゃんっ!」
「何が?」
「両想いに決まってるって」
「そんなの美鶴の勝手な想像じゃん。だいたい美鶴、コウくんに会ったコトもないのに」
「会わなくたってわかるよ」
「何でよ?」
 可愛くムクれる親友の顔を、呆れ顔で見返す美鶴。
「学校違うのに、毎日同じタイミングで塾に到着するの、おかしくない?」
 里奈も密かに蔦康煕への想いを抱えていた。だから、塾に到着するや「こんちわっ」と声をかけられると、それだけで嬉しかった。
 嬉しくて、翌日には必ず美鶴へ報告していた。
「そのコウくんとやらは、里奈が来るのを毎日どこかで待ち伏せしてたんだって」
「待ち伏せだなんてっ! そんな言い方ないでしょ」
 両手を胸元でグーに握りしめ、彼女にしては精一杯の抗議。だが、腰を浮かせて乗り出しても、迫力に欠けるその仕草。むしろ可愛い。
 これだから校内の男子がほっとかないんだよな。
 内心で納得しつつも、まったく自覚のない里奈へわざわざ告げることもあるまい。
「あー はいはい」
 とやんわり宥め、座らせながらホッとため息。
「まぁ なんにせよ、よかったじゃん。オメデトさん」
 祝福され、頭をポンポンと叩かれて、里奈は恥ずかしそうに頬を染めた。
「ありがとう」
 素直にお礼を言う里奈が、美鶴には眩しかった。
 幸せそうで、だからとても、数ヶ月で別れてしまうとは思いも寄らなかった。
「なんでもないの」
 いつもなら朝ごはんのメニューまでちくいち報告する里奈が、珍しく口を閉ざす。
 聞いちゃいけないコトもある。
 そう言い聞かせ、美鶴は詳細を問い詰めなかった。





「万引きしたって、疑われたの」
 薄暗い部屋。しゃくりあげる間を縫うように、里奈が小さな声を出す。
「スーパーで、チョコレートを万引きしたって。店を出たところで店員さんに止められて、私の鞄の中からチョコレートが三箱出てきたの」

 どこかで…… 聞いたことのある話。

「私、鞄になんて入れた覚えなかった。信じられなかった」
 恐怖が甦ってきたのだろうか? 床を凝視する視線が泳ぐ。
「でも、誰も信じてくれなかった。店員さんも、お父さんもお母さんも」
 焦りと恐怖。
「…… コウくんも」
 ポタリと、涙が冷たい床を濡らした。





「私、やってないっ! ねっ 私チョコなんか取ってないわよねっ」
 だか蔦は、それを肯定してはくれなかった。
 どうして?
 一人首を横に振る里奈は、ただ往生際(おうじょうぎわ)の悪い犯罪者。結局罪を、認めざるを得なかった。
 どうして? どうしてこんなコトになったの?
 ワケがわからぬまま、翌日登校した。
 私、万引きしたの?
 自分の背中に貼り紙がしてあるかのようで、怖くて怖くて潰れそうだった。
 一刻も早く、美鶴に聞いて欲しかった。
 携帯でメールしたかったけど、『万引き』という文字が画面に表示されるたび、怖くて思わず削除していた。
 メールを送ればその文字が、美鶴や自分の携帯の中に残る。メールを削除しても、なんだか『万引き』という文字が携帯の内部にこびりついてしまうな気がして、抵抗を感じた。
 メールを送るのに、これほど緊張したコトはない。
 電話は、親に会話を聞かれるのではないかと思うと、できなかった。
 自分を信じてくれなかった両親には、会話を聞かれたくはなかった。
 早く会いたい。美鶴に会いたい。
 美鶴なら、きっと絶対わかってくれる。
「大変だったね。怖かったでしょ?」
 そんなふうに優しい声で、きっと里奈を慰めてくれる。







あなたが現在お読みになっているのは、第7章【雲隠れ (後編)】第1節【MI・TSU・RU 依存症】です。
前のお話へ戻る 次のお話へ進む

【アラベスク】メニューへ戻る 第7章【雲隠れ (後編)】目次へ 各章の簡単なあらすじへ 登場人物紹介の表示(別窓)